日本建国史

この国の始まり

 このホームページは、今日の学説の多くが、史実ではないと否定する『記紀』伝承に実年代を与え、日本という国家の成り立ちを、解き明かそうとしたものである。
対象とする時代は、おおよそ二世紀初頭から四世紀末まで。したがって神武東征の実年代や、実在しない天皇とされる欠史八代の実年代、卑弥呼の出自にも迫る。きっとあなたの古代史観が変わる。

このサイトは2003年2月に立ち上げた。それから9年の時が経ち、新しい知見も増えた。そこで日本という国が、何時、どこで生まれたかに焦点をあてて再構成した。

                         2012年2月初旬 「曲学の徒」桂川光和 敬白

 第一章 神武東征の物語
久米歌が伝える戦いのリアリティー
 (1) 『日本書紀』に描かれた神武東征の物語
 (2) 孔舎衛坂(くさかざか)の戦い
 (3) 名草戸畔との戦い
 (4) 熊野、荒坂の津(丹敷の浦)での難破
 (5) 菟田の高城に鴫罠張る
 (6) 高倉山からの偵察
 (7-1) 国見丘の戦い
 (7-2 伊那佐山の戦い
 (8) 青垣山麓での戦い 
 (9) 久米歌が伝えた歴史のひとこま
 
第二章 『日本書紀』の実年代をさぐる
朝鮮史と対応できる四世紀史
 (1) 記紀にみる天皇崩御(死亡)年の違い
 (2) 神功皇后新羅侵攻の物語
 (3) 『三国史記』新羅本紀、倭侵攻記事の信頼性
 (4) 『三国史記』の王歴年次に1年の狂いがある
 (5) 新羅出兵は仲哀死亡の翌年
 (6) 早められた新羅出兵の年次
 (7) 『日本書紀』年次の定点
 (8) 『古事記』天皇没年を中国史書で検証
 (3) 袴狭(はかざ)遺跡出土の外洋船団図

第三章 倭人伝と日本書紀の接点
『勘注系図』が明かす卑弥呼と台与
 (1) 最奥の秘記『勘注系図』
 (2) この人が卑弥呼
 (3) 台与も登場する
 (4) 丹波は尾張氏の支配地
 (5) 卑弥呼も台与も葛城の生まれ
 (6) 台与は九代開化の妃、竹野媛
 (7) 台与と一緒に爵位を受けた男王

第四章 卑弥呼時代の天皇
男弟は六代孝安天皇
 (1) 卑弥呼には夫があった
 (2) 卑弥呼の子孫の墓から出土した遺品
 (3) 男弟は六代孝安

第五章 系譜は信じられるか
系譜の世代数から推定する実年代
 (1) 系譜は信じられるか
 (2) 一世代の間隔は25年から30年
 (3) 神武から崇神は7世代
 (4) 世代数から推測する神武の年代
 (5) 系譜編年

第六章 王都出現
秋津島宮が出現する
 (1) 初期大和朝廷の宮は奈良盆地南部
 (2) 秋津島宮が出土する
 (4) 各地から持ち込まれた土器
 (5) 秋津遺跡の年代
 (6) 秋津島宮の場所
 
第七章 径百余歩、卑弥呼の墓
実在する巨大古墳
 (1) 径百余歩の円形の尾根
 (2) 孝安天皇が葬られた玉手山
 (3) 古墳か自然の尾根か
 (4) 地中レーダー探査と発掘結果
 (5) 五世紀末の遺物
 (6) 尾根全体が墓
 (7) 巨大古墳が立ち並ぶ墓域

第八章 考古学から見る大和朝廷出現の時期
弥生末遺物の出土状況
 (1) 環濠消滅が語る奈良盆地の社会変動
 (2) 漢鏡の出土から見た大和朝廷出現時期

第九章 日本国の源郷
大和朝廷発生の地
 (1) 大和朝廷発生の地
 (2) 国号を持つ宮の名
 (3) 神話の時代

第十章 終わりに
 (1) 日本古代史解明の歴史資料
関連する曲学の徒ページ

 秋津遺跡の重要性について一人でも多くの人に知っていただきたい。
そのため『卑弥呼の王宮出土』kindle版を、5日間無料で配布します。
期間は3月30日午後5時から4月4日の午後4時まで。何が書かれているか拾い読みするだけで結構です。ぜひダウンロードしてみて下さい。
『卑弥呼の王宮出土』




『勘注系図』を読み解く


邪馬台国出現(ブログ)

第1部この人が卑弥呼
(古代有力豪族の系譜に卑弥呼を発見)
第2部卑弥呼の墓を追う

『魏志倭人伝』謎解きの旅(2000・03)

『勘注系図』
卑弥呼の登場する海部氏系図の考察

系譜で読み解く日本古代史

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作者 曲学の徒:桂川光和
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2003年1月下旬、初稿をホームページに公開
2012年2月初旬、全面再構築