『勘注系図』の研究

1 『勘注系図』とはどんな系図か2 神代から五世孫3 卑弥呼の時代4 開化や台与の時代
5 崇神の時代6 尾張氏に続く系譜7 丹波国造となる時代8 五世紀代から九世紀
9 系譜を作成した人たち10 系譜は史実か11 系譜の続き具合12 系図概要
13 注記抜書き14 研究者、文献、その他15 私の卑弥呼論16 おわりに
1 『勘注系図』とはどんな系図か
  
  1 はじめに
  1-1 海部氏の二つの系図
  1-2 同じ伝承を持つ尾張氏系譜
  1-3 海部氏と尾張氏の関係
  1-4 系図成立の経緯
  1-5 『勘注系図』の問題点
  1-6 『記紀』伝承と深く関わる
  1-7 『記紀』に登場する女性
  1-8 架空の系譜として創作不可能


電子本を出版した

最奥之秘記『勘注系図』が解き明かす古代史最大の謎
『卑弥呼の王宮出土』



2冊目出版
出版記念無料配布
期間2016年3月13日(日)午後5時至る
3月17日午後4時まで
『勘注系図』を読み解く
 はじめに  日本古代史解明の一級史料

 京都府宮津市の籠(この)神社の宮司家に二つの古い系図が伝わる。
略称『勘注系図』と『本系図」である。共に国宝に指定されるが、歴史史料として興味深いのは『勘注系図』である。

 『勘注系図』の末尾に「今ここに相傳(あいつたえ)以て最奥之秘記と為す。永世相承(あいうけたまわって)不可許他見(たけんゆるすべからず)」とする。また「海神の胎内に安鎭(やすめしずめ)もって極秘」ともする。
「最奥之秘記」として門外不出の極秘系図として伝えられてきたのである。
「不可許他見(たけんゆるすべからず)」とするから、自分たちのために書かれた系図である。そこには系譜上の人物名のみならず、膨大な注記が書き加えられている。
一方『本系図』は、朝廷の提出命令に従って作成された系図で、丹後の役所が認めたことを表す、役所印が押される。現存する物はその副本、あるいは控えのような物である。こちらは当然、他者の眼に触れる系図である。内容は、先の『勘注系図』に比べ、極めて簡略であり、当主の名前を書き連ねるだけである。
この『本系図』は、前半の系譜を大きく欠落させる。すなわち始祖を天火明命(あめのほあかりのみこと)として、児と孫を飛ばし次に登場するのは三世孫倭宿禰(やまとのすくね)である。そして三世孫以降は更に飛んで、次に登場するのは十八世孫建振熊命(たけふるくまのみこと)である。
この欠落する箇所は不明であったわけではない。意図的に削除しているのである。
この『本系図』で削除された、この部分こそが、『勘注系図』を「最奧の秘記」として隠し続けなければならなかった理由である。

 最奥の秘記とした、その部分には一体何が記されているのかである。『勘注系図』を読み解く面白さはそこにある。
だが『勘注系図』は決して解りやすい系図ではない。その内容の膨大さに加え、古い部分は異伝や別伝も多く、また長い間の伝承の過程で起きた、明らかな誤りも含まれる。決して整理された系図ではない。
 『勘注系図』には古代史の謎にせまるとてつもない情報が含まれる、と申し上げたとしても、簡単には取っ付き難い系図である。このホームページがその面白さに触れるきっかけになればと考える。
ついては先ず「1 『勘注系図』とはどんな系図か」を読んでいただきたい。
『勘注系図』の前半は丹後の支配者の系譜であり、その次は大和朝廷の下で地方支配に当たった国造の系譜となる。そして更に時代が下って籠(この)神社の神官家の系譜となる。
古い時代の丹後は、葛城すなわち現在の奈良県御所市に居た、尾張氏の支配地で有る。そしてこの尾張氏は、古い時代の大和朝廷と密接な関係にあり、そこから大和朝廷の歴史が垣間見えるのである。この前半部分が面白いのである。

『勘注系図』の最も面白部分は、三世紀代の系譜とその注記である。
私のホームページでは「3 卑弥呼の時代」「4 開化や台与の時代」である。ぜひここを一読されることをおすすめする。

もちろんこれ以外にも、古代史を解明する上で、興味深い登場人物名や注記も少なくない。だがなにしろその内容は膨大である。他は飛ばして頂いて結構である。
最後はこの『勘注系図』から解き明かされた「私の卑弥呼論」である。

 研究者の中には、『勘注系図』を偽系図とする人がある。あるいは『本系図』や『先代旧事本紀』尾張氏系譜からの創作として、歴史史料として扱うことに否定的な研究者も少なくない。だがそれらの研究者は、『勘注系図』をまともに読んでもいない。なぜなら『勘注系図』が『本系図』からの派生でないことは、『勘注系図』の末尾に記された、系譜成立の過程を読めば解ることである。

また 『勘注系図』を読み解く上で最も参考になる系譜がある。『先代旧事本紀』巻五が伝える、尾張氏系譜である。『勘注系図』の前半部分は尾張氏系譜と極めてよく似る。
その理由は現在の愛知県を支配地とする尾張氏は、もとは葛城高尾張(奈良県御所市)の出である。この葛城に居た尾張氏が、丹波の支配者であった時代がある。そのため丹波の支配者の系図の中に尾張氏の当主が登場する。したがって『勘注系図』の前半部分は『先代旧事本紀』の尾張氏系譜と、部分的に同じ系譜を伝える。その点で尾張氏系譜は『勘注系図』を読み解く上で、極めて有用な資料である。
『勘注系図』が尾張氏系譜を元に作成された、偽系図などという先入観だけは持たない方が良い。二つはそれぞれ独自に伝えられた系譜なのである。

私の考察が妥当か否かは、読んでいただく方の判断に任せるしかないが、私は『勘注系図』を『日本書紀』や『古事記』を補完しうる、一級の史料と考える。しかし詳細に理解するには、なかなか手強い史料でもある。私のホームページが『勘注系図』を読み解く上で、一助になれば幸いである。


2011年10月
日本古代史研究家
曲学の徒:桂川光和

2007年8月27日「勘注系図考」として初稿を公開。
2009年10月28日「勘注系図」として増補改定。但し未完。
2011年10月20日全編完成