この人が卑弥呼
系譜で読み解く日本古代史 
第4章『魏志倭人伝』に登場する人たち

  (3)遣使、灘升米と伊聲耆は中臣氏の人
はじめに

第1章 この人が卑弥呼
(1)大倭姫という大和王権の女王の名

(2)卑弥呼は日女命
(3)もう一人の大倭姫
(4)台与は開化の妃になった竹野媛
第2章 古代豪族系譜
(1)『先代旧事本紀』は偽書ではない
(2)系譜は創作ではない
(3)氏族系譜に登場する天皇名
(4)系譜編年

第3章 海部氏と尾張氏の不思議な関係
(1)『勘注系図』と尾張氏の不思議な関係
(2)丹波は尾張氏の支配地

(3)卑弥呼も台与も尾張氏
(4)卑弥呼は葛木高尾張の生まれ

第4章 『魏志倭人伝』に登場する人物
(1)邪馬台国の高官伊支馬
(2)邪馬台国の高官、彌馬獲支
(3)遣使、難升米と伊聲耆は中臣氏の人
(4)遣使、都市牛利は由碁理
(5)世代位置の一致

第5章  尾張氏と大和王権
(1)五代孝昭の皇后、世襲足媛
(2)世襲足媛と宇那比姫は共に尾張氏
(3)丹波の大県主由碁理
(4)台与は卑弥呼の二世代後の同族の人


第六章へ続く
皆さんを卑弥呼の墓へご案内する。
 倭国は景初二年(238年)正始四年(243年)正始八年(247年)に魏に使いを送っている。
遣使となった人物は、倭国を代表して魏におもむいた人である。有力豪族系譜の中にその名前を探せる可能性がある。

その可能性の高い人物として、最初の使者、難升米(なしょみ)は中臣氏の梨迹臣(なしとみ)である。また正始四年の伊聲耆(いせり)は梨迹臣の弟である、伊世理(いぜり)である。
世代的には宇那比姫の一世代後くらいの人である。海を渡って大陸に赴くには若くなければ無理である。世代的には妥当である。また音の類似は極めて妥当である。加えて梨迹臣と伊世理が兄弟ということもこの二人が、難升米と伊聲耆であることの傍証となる。



中臣氏は最も古くから大和王権の忠臣として活躍した氏族である。
梨迹臣や伊世理の父親は 伊香津臣命(いかつおみのみこと)という。伊香津臣命を祭る滋賀県伊香郡木之本町の伊香具神社(いかごじんじゃ)の由緒によると『吾天児屋根命(あめのこやねみこと)の命を傳へて皇孫に侍従久しく宝器を守る』とする。伊香津臣命は大和王権に、代々仕える重臣であったことが察せられる。
伊香津臣命の子、梨迹臣と伊世理の兄弟は、卑弥呼の使いとして、魏に赴くにふさわしい人物である。


第4章
(4)都市牛利は由碁理