この人が卑弥呼
系譜で読み解く日本古代史 
第1部終章

卑弥呼の墓にご案内しよう
はじめに

第1章 この人が卑弥呼
(1)大倭姫という大和王権の女王の名

(2)卑弥呼は日女命
(3)もう一人の大倭姫
(4)台与は開化の妃になった竹野媛
第2章 古代豪族系譜
(1)『先代旧事本紀』は偽書ではない
(2)系譜は創作ではない
(3)氏族系譜に登場する天皇名
(4)系譜編年

第3章 海部氏と尾張氏の不思議な関係
(1)『勘注系図』と尾張氏の不思議な関係
(2)丹波は尾張氏の支配地

(3)卑弥呼も台与も尾張氏
(4)卑弥呼は葛木高尾張の生まれ

第4章 『魏志倭人伝』に登場する人物
(1)邪馬台国の高官伊支馬
(2)邪馬台国の高官、彌馬獲支
(3)遣使、灘升米と伊聲耆は中臣氏の人
(4)遣使、都市牛利は由碁理
(5)世代位置の一致

第5章  尾張氏と大和王権
(1)五代孝昭の皇后、世襲足媛
(2)世襲足媛と宇那比姫は共に尾張氏
(3)丹波の大県主由碁理
(4)台与は卑弥呼の二世代後の同族の人


第1部終章
卑弥呼の墓にご案内しよう。

第2部
「卑弥呼の墓を追う」
  私は今まで誰も踏み込んだ事の無い、日本古代史の世界に、皆さんをご案内しようと思う。
私の手元には、系譜編年という闇を照らす強力な灯火がある。私が手にするこの灯火は、おおよそ1900年の彼方まで届く。
この系譜編年で解き明かされる古代史の謎は、あなたが予想もしなかった事態へと進展する。そしてこの仮説が、単なる私の妄想で無い事の証しとして、皆さんを卑弥呼の墓にご案内しようと思う。

卑弥呼が葬られた墓は『魏志倭人伝』によると「径百余歩」とされる。百歩といえば144m。けっこう巨大な墓である。今日まで残っている可能性は十分に考えられる。



これまで我が国には、径百余歩に相当する円墳は無いとされてきた。しかし上に示した写真のように、ここには4基の巨大円墳が林立する。一番左の円墳は直径約150mである。(場所の特定を解りにくくする為、右下の一部は消してあります)
私は1、2と番号を振った何れかが卑弥呼の墓と考えている。
多くの人たちが挑み、これまで誰も果たせなかった、卑弥呼の墓を探す旅に、皆さんをご案内する。

このページまでお読みいいただいた方に第2部「卑弥呼の墓を追う」を公開します。