第五章 系譜は信じられるか

(1) 系譜は信じられるか

 私は『勘注系図』や『先代旧事本紀』の尾張氏系譜、そして和邇氏系譜などを基に話を進めてきた。
だが果たしてこれらの系譜は信じられるのであろうか。その疑問に答えておく必要がある。

系譜には、系譜同士が婚姻を通じてつながるところがある。そのつながりに一定の整合性がある。架空の系譜では、そのような整合性を得ることは不可能である。

その一例を示す。
尾張氏系譜によれば、私が卑弥呼とする宇那比姫の母親は、紀伊国造の智名曾(ちなそ)妹、中名草姫(なかなくさひめ)である。
一方大伴氏系譜によると、智名曾の娘、乎束姫(おつかひめ)が、角日(つのひ)の妻なのである。
従って宇那比姫と角日は、いとこの関係で同時代の人である。この角日は孝安天皇に仕えたとする。
また和邇氏系譜は押媛命(おしひめ・忍鹿姫)の母親を宇那比姫とする。押媛命の父親は天足彦国押人命で、その弟が孝安天皇である。
したがって孝安天皇は宇那比姫の義理の弟で同時代の人となる。これは宇那比姫の、いとこである大伴氏の角日が、孝安天皇に仕えたとする伝承と、整合性がある。
何れの系譜も独自に伝承されてきた系譜である。他の系譜を参照するなどということは、まずあり得ない。
独自に成立した系譜同士の世代位置に整合性があるということは、それらの系譜が一定の事実に基づくと考えざるを得ない。




このような関係は、古代有力豪族間の随所に見られる。私が系譜は一定の事実に基づくと考える理由である。
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