第五章 系譜は信じられるか

(4) 世代数から推測する神武の年代

 先に神武から崇神までの世代数を7世代くらいとした。
一世代の間隔が25年から30年くらいに収まるとすれば、7世代は175年から210年くらいとなる。
古事記の崇神没年干支戊寅(いぬとら)を318年とすれば、その175年から210年前は、おおよそ2世紀の前半となる。神武が大和朝廷を樹立したのは2世紀の前半と推測される。

また私は宇那比姫を卑弥呼とし、卑弥呼の政治を補佐した男弟を六代孝安とする。
神武は孝安世代から数えて3世代前である。おおよそ75年から90年くらい前である。卑弥呼が王位に就いた
のを2世紀の末頃とすれば、3世代前は2世紀初頭であろう。
西暦100年 300年
天皇
1神武 2綏靖 3安寧 4懿徳
    5孝昭
6孝安 7孝霊
    8孝元
    9開化 10崇神
世代数
物部氏 宇摩志麻治(神武) 味饒田(綏靖) 大禰(安寧)
出雲醜大臣(懿徳)
出石心大臣(孝昭)
大木食(孝安)
大矢口宿禰(孝霊)
三見宿禰(孝安)
鬱色雄(孝元)
鬱色謎(孝元妃)
大綜杵(孝元、開化)
大峰大尼 (開化)
彦太忍信(崇神)
伊香色謎雄(開化、崇神)
伊香色謎(孝元、開化妃)
武建大尼(開化)
建膽心大禰(崇神)
多辨宿禰 (崇神)
安毛建三 (崇神)
大新河命 (垂仁)
十市根命 (垂仁)
尾張氏 天忍人
天忍男( 剣根の娘、賀奈良知姫が妃)
天戸目
天忍男
建斗米
瀛津世襲(孝昭)
世襲足媛(孝昭妃)
建田背 建諸隅 倭得玉彦 弟彦・日女命・玉勝山代根古・若都保・置部與曾・彦與曾
海部氏 倭宿禰(神武) 笠水彦(綏靖) 笠津彦 建田勢(孝霊)
宇那比姫=日女命=卑弥呼
建諸隅=由碁理 倭得魂(崇神)
大倭姫=天豊姫=台与=竹野媛(開化妃)
意富那比
葛木高千名姫(崇神、または彦太忍信の妃)
倭氏 珍彦=倭宿禰(神武) 志麻津見 武速持 邇支倍 飯手宿禰 御物宿禰 市磯長尾市(崇神)
紀氏 天道根命(神武) 麻枳利命 智名曾 比古麻 鬼刀禰 久志多麻 大名草比古
大伴氏 道臣(神武) 味日 稚日命 大日命(孝昭) 角日(孝安) 豊日命(孝霊、開化) 武日命(崇神、景行)
大三輪氏
(大神)
天日方奇日方
姫鞴五十鈴姫(
神武妃)
健飯勝 健甕尻 豊御気主 大御気主(孝元)
阿田賀田須 大田々禰古(崇神)
鹿島氏 天多禰伎命(神武) 宇佐津臣命 大御食津臣命 伊香津臣命 梨迹臣命 神聞勝命(崇神) 久志宇賀主命

一方『魏志』倭人伝は卑弥呼が共立されるに至る倭国の歴史を次のように記す「その国もとはまた男子を以って王と為す。とどまる事七、八十年、倭国乱れ、相攻伐すること歴年、共に一女子を立て王となす」卑弥呼が共立される前70年か80年男子の王の時代が在ったとする。
一方『後漢書』倭伝は、倭国大乱の時期を桓霊時代の事とする。桓霊とは桓帝(147年-168年)と霊帝(168年-189年)の時代である。また『梁書』は「霊帝光和年中」(178年 - 184年)とする。『梁書』の伝承が正しければ、倭国大乱の時代は二世紀の後半中頃で、倭国大乱が始まる前の70年、80年前は2世紀の初め頃が推測される。

そして『後漢書』倭伝は「安帝永初元年(西暦107年)、倭国王帥升等献生口百六十人、願請見」として西暦107年に倭国の朝貢が在った事を伝える。
この倭国朝貢の年次あたりが倭国の始まりである。私はこの倭国王こそ、大和朝廷成立直後の王、すなわち神武であろうと考える。倭国すなわち後の大和朝廷は西暦107年の直前に成立したと考える。

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