第六章 王都出現

(1) 初期大和朝廷の宮は奈良盆地南部

 私は今日の日本という国の始まりを大和朝廷の始まりに求めた。神武が大和朝廷を始めたときである。
それを中国史書が伝える、107年の朝貢の直前とした。大和朝廷は2世紀の初頭に出現したのである。
それではその大和朝廷は何処に出現したかである。

  『日本書記』や『古事記』は歴代天皇の宮を記す。その宮の場所こそ王都であり、政治の中心なのである。宮の伝承地は次のようなものである。
何れも地名と共に宮の名が伝えられる。その地名からおおよその場所が推測される。

@ 初代神武「橿原宮」。
A 二代綏靖「葛城高丘宮」
B 三代安寧「片塩浮穴宮」
C 四代懿徳「軽曲峡宮」
D 五代孝昭「掖上池心宮」
E 六代孝安「室秋津島宮」である。
F 七代孝霊「黒田廬戸宮」
G 八代孝元「軽境原宮」
H 九代開化「春日率川宮」
I 十代崇神「磯城瑞籬宮」
J 十一代垂仁「纏向珠城宮」
K 一二代景行「纏向日代宮」
L 一三代成務「志賀高穴穂宮」

初代神武から六代孝安までの伝承地は、橿原市から御所市である。初期の大和朝廷の中心は、奈良盆地の南部なのである。このあたりが今日の、日本国家につながる発祥の地なのである。



アマゾンの電子本
『卑弥呼の王宮出土』

目次
前のページ 次のページ