第七章 径百余歩、卑弥呼の墓

(3) 古墳か自然の尾根か

 私はこれこそ径百余歩と『魏志倭人伝』が伝える卑弥呼の墓ではないかと考えた。
現在知られている我が国最大の円墳は、埼玉県行田市の丸墓山古墳である。直径105mとされる。もしこの玉手山の尾根が古墳であれば日本一の円墳である。
さっそく地元教育委員会や県、そして橿原考古学研究所に調査を申し入れた。だがどこも日本一の円墳などという話や、まして卑弥呼の墓などという説を、まともに取り上げてくれる所は無かった。
やむを得ず自分で発掘調査を行うことにした。だが県の文化財保護課は、教育委員会が組織する団体か、認可した団体以外発掘調査は認めないとする。任意の団体や個人の発掘調査に許可を出さないと言う。

八方塞の中で市長に懇願し、地元教育委員会による調査実施の約束を取り付けた。
ほどなくして、調査報告書が私の手元に届けられた。
結論は、古墳ではないとするものであった。私が古墳であろうと指摘した二つの尾根の何れも、自然の尾根で、遺跡でも古墳でも無いとする。
その調査報告書に落胆した。だがそれは私にとって幸運でもあった。遺跡でも古墳でも無いということは、文化財保護法の適用を受けない場所と言うことに成った。個人的な発掘が可能となったのである。もちろん地権者の承諾は取った。

かくして私はそこが古墳であることを立証すべく、発掘調査を開始することにした。だが私は発掘調査など行ったことは無い。まったくの素人である。取り返しのつかない遺跡破壊を行ってしまう危険がある。また潤沢な調査費が調達できるわけではない。
そこで小区画の発掘を、ピンポイントで行う事にした。そのために事前に地中レーダ探査を行った。
行なったのは私が古墳と考えた二つの尾根である。





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