第七章 径百余歩、卑弥呼の墓

(5) 五世紀末の遺物

 次に地中レーダー探査を行ったのは、私が径百余歩と考えるNo1の尾根である。
ところうが、墳丘の中心と思われるあたりでは、レーダーの異常反射は無く、埋設物の存在が確認できないのである。



写真の切り株の手前辺りが墳頂と思われる。その向こうの窪みは盗掘穴。盗掘穴を含めこの近辺のレーダーによる探査では、埋設物らしきものを何も検知できなかった。
その代わり、中心から3mくらい離れた場所で、埋設物の存在をうかがわせる、異常反射を検知した。したがってその場所を掘ることにした。



そこから出土したのは、鉄剣、鉄鏃、矛の石突などである。それは五世紀末の遺物で、私の期待した三世紀中頃ではなかった。





だが私はこの遺物の年代が、この古墳の築造年代では無いと考えている。
掘ったのは中心部ではない。中心から2〜3m離れた埋葬部である。この古墳が最初に造られた時の被葬者ではない。
中心を調査すればこの古墳の築造年代が判明すると考える。それは隣の尾根で出土した土器片の年代まで古くなると推測する。

これらの出土遺物が有ったことにより、この2地点は、古墳として県の遺跡地図に加えられた。
これらが古墳として認定され、保護の対象に成ったことは喜ばしいことである。だが、もはや私が発掘調査を行うことは許可されなくなった。
私は何時の日か、専門家を交えた調査委員会を立ち上げ、教育委員会の許可の元、本格的発掘調査を実施したいと考えている。
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