第九章 日本国家の源郷 

(2) 国号を持つ宮の名

 秋津島は秋津洲(あきつしま)とも書く。今日の日本という意味に近い言葉である。

日本書記は秋津洲の語源を次のように記す。
神武が大和盆地を平定した後、掖上のホホ間の丘に登り国見をした。回りを山で囲まれた国の形を見て、蜻蛉(とんぼ)が交尾しているようだと言った。
これが秋津洲の語源であるとする。
掖上とは御所市南部の地名で、ホホ間の丘とは御所市本馬(ほんま)にある山とされる。下の写真で  の印を付けた場所である。
また玉手山の南に国見山という名がある。ホホマの丘はその山ともされる。何れにしても掖上というのはこのあたり御所市南部の地名である。
そして五代孝昭の掖上池心の宮もここ掖上の地である。
更に六代孝安の秋津島宮は、秋津洲(あきつしま)という国号を持つ名である。まさに王都の名である。
この奈良盆地南部、現在の橿原市から御所市にかけては、初期大和朝廷の王都の在った場所である。




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